会津の峠013 ~厩山峠~
新版 会津の峠(上)に収録されている厩山峠を探訪してきました。
前回ツーリングの際に入口までは確認していましたが、
完全に登山道ですし、実のところ高校の頃部活の大会で登っています。
と言う訳で今回は登山でアタック。
地図を見る限りたいして時間もかからなそうなので当直明けでトツゲキ。
栄川磐梯工場の手前にある林道起点が目印になります。
なんかクマ出没が追加されていました。
さて、行ってみましょうかね。
ここまでは林業用の作業道になっています。
車でも入ろうと思えば来れます。ジムなら楽勝です。
当然転回する場所も駐車する場所もありますよ。
先ほどの入り口からテクテク歩くこと約10分。
ここからが厩岳神社への参道になります。
登山道脇にはこのように古くからの石像が33体あります。
一部所在不明のもあるようですが看板はありました。
このような林間を登っていきます。
展望はほとんどなし。
磐梯町ではこの時期山開きを兼ねて厩嶽祭りを行うようで下草が刈ってあったり
倒木の処理や道の補修がされており登りやすかったです。
そして33番を過ぎると本堂の厩岳神社があります。
雪害でしょうか境内の一部が破損しトラロープが張ってありました。
せっかくなので厩岳山山頂を目指します。
ここからは道の雰囲気がかわり急登がつづきます。
写真のところが一番急で手すり代わりのトラロープが張られていました。
バイクの位置からわずか1時間で山頂に到着。
とはいえ久しぶりの山登りで汗だくになりました。
山頂からは展望がよく西側には雄国沼、東は磐梯山、南は猪苗代湖が。
ここでお昼を食べて下山。
下りはあっという間。往復2時間程度の散歩道。
さて、ここで疑問が。
会津の峠では厩山峠と紹介されていましたがここまで登りっぱなし。
おおよそ峠のイメージはありません。
そしてここを越えても猫石~猫魔ケ岳~八方台となります。
会津の峠に載っているような時代の峠としても需要があるのか?
磐梯から八方越えて北塩原との交流あったんですかね?
そして旧版に無くてなぜ新版から収載されたのか。
んー・・・・わからん。
ちなみに厩岳山はいろいろ呼び方があるようですが自分は
「まやたけさん」と読んでいます。地元じゃこっちで読んでいる人が多いと思われます。
前回ツーリングの際に入口までは確認していましたが、
完全に登山道ですし、実のところ高校の頃部活の大会で登っています。
と言う訳で今回は登山でアタック。
地図を見る限りたいして時間もかからなそうなので当直明けでトツゲキ。
栄川磐梯工場の手前にある林道起点が目印になります。
なんかクマ出没が追加されていました。
さて、行ってみましょうかね。
ここまでは林業用の作業道になっています。
車でも入ろうと思えば来れます。ジムなら楽勝です。
当然転回する場所も駐車する場所もありますよ。
先ほどの入り口からテクテク歩くこと約10分。
ここからが厩岳神社への参道になります。
登山道脇にはこのように古くからの石像が33体あります。
一部所在不明のもあるようですが看板はありました。
このような林間を登っていきます。
展望はほとんどなし。
磐梯町ではこの時期山開きを兼ねて厩嶽祭りを行うようで下草が刈ってあったり
倒木の処理や道の補修がされており登りやすかったです。
そして33番を過ぎると本堂の厩岳神社があります。
雪害でしょうか境内の一部が破損しトラロープが張ってありました。
せっかくなので厩岳山山頂を目指します。
ここからは道の雰囲気がかわり急登がつづきます。
写真のところが一番急で手すり代わりのトラロープが張られていました。
バイクの位置からわずか1時間で山頂に到着。
とはいえ久しぶりの山登りで汗だくになりました。
山頂からは展望がよく西側には雄国沼、東は磐梯山、南は猪苗代湖が。
ここでお昼を食べて下山。
下りはあっという間。往復2時間程度の散歩道。
さて、ここで疑問が。
会津の峠では厩山峠と紹介されていましたがここまで登りっぱなし。
おおよそ峠のイメージはありません。
そしてここを越えても猫石~猫魔ケ岳~八方台となります。
会津の峠に載っているような時代の峠としても需要があるのか?
磐梯から八方越えて北塩原との交流あったんですかね?
そして旧版に無くてなぜ新版から収載されたのか。
んー・・・・わからん。
ちなみに厩岳山はいろいろ呼び方があるようですが自分は
「まやたけさん」と読んでいます。地元じゃこっちで読んでいる人が多いと思われます。
ラベル: 会津の峠 山登り
2 件のコメント:
2013年7月7日 19:26 に投稿, MR さんは書きました...
もはや普通に登山だな、これは?
今、こっちでやってる相馬中村街道卒塔婆峠でも書いたけど、江戸期の道は基本登山道なので、峠が山頂なんて事はまま、ありますよね。
大八車を通そうとすると、自然に道幅が広く、峠の標高が下がり、峠=山頂という図式が激減します。
古い江戸期のみに使われ愛され、文明開化と共に消え去る筈の道が、登山道として生き残る。
四方を高い山に囲まれる会津ならではの風景でしょうか。
2013年7月18日 21:19 に投稿, 熊五郎 さんは書きました...
完全に登山です。
むしろ登山のつもりで行って来ました。
移動が人力であるのを考えれば道も人の幅になるわけで。
山ネタであれば次は沼尻か田島の大峠に登ってきます。
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